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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

転調が暗示すること 

Posted on 10:05:30

 
 最近、私は、オーボエ・ソナタ<八ヶ岳南麓の秋>という曲を創作しました。
 その際、提示部と再現部の2つの主題に関して、調性関係において、古典派のソナタ形式のパターンを踏襲しました。
 その作曲の過程で、転調に関してめぐらした思考を、ここに記しておきます。

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「作曲についての目的」と「作曲の目的」 

Posted on 11:11:34

 
 作曲家の近藤譲さんが、「目的性のない行為としての音楽」という論考の中で、上記の2つの目的を区別して使い分けています(近藤譲『聴く人』アルテスパブリッシング、2013年、Ⅲ章、pp.101-103)
 「作曲についての目的」「作曲の目的」の使い分けを議論の梃子として、近藤氏はややアクロバティックな論理を展開し、「作曲とは目的のない行為」(p.109)であるという持論にたどり着きます。
 今回のブログでは、近藤氏のその論旨を追うことはせず、彼が用いた作曲行為に関する目的の概念区分を借用して、私自身の作曲に対する意識を振り返ってみたいと思います。

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古典派風の楽曲を創作する意味―自然な逸脱― 

Posted on 08:59:17

 
 最近、新録音版の演奏の公開を続けていますが、そのうち、<アシカのメヌエット><白鷺の舞>は、モーツァルトやハイドンを見倣って作曲した、古典派風の作品です。
 それら以外でも、古典派風の管弦楽曲を何曲か作っています。私はなぜ、懐古趣味のような、あるいは時代錯誤的な作品を作ってみたくなるのか、ここで自己分析してみます。

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「骨格のみの文」に、和声や伴奏をつける 

Posted on 06:59:40

 
 メールでの短い事務的な文章では、最低限の意味は伝わるものの、書き手の感情の動きや相手に対する距離感といった、細やかなニュアンスは伝わりにくいものです。
 その同じ文面を、肉声で現実に対面する相手に語りかけるなら、文字情報以外のさまざまな事柄も同時に伝達されるでしょう。喜んでいるのか、悲しんでいるのか、相手に対して心理的な救いを求めているのか、何かを期待しているのか、そういったことまでなんとなく感じ取れるものです。
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相対音感と絶対音感とのモードチェンジ 

Posted on 09:50:35

 
 「絶対音感」という能力のデメリットに焦点を当てて書かれた論考を読みました。
 
 「標準ピッチと絶対音感」(西原稔・安生健『アインシュタインとヴァイオリン―音楽の中の科学―』ヤマハミュージックメディア、2014年、第3部第3章)
 
 この章の後半は、安生健氏が執筆しています。この論考からは、いくつか得るものがありました。特に、①「固定音感」としての絶対音感は、害多くして益少ないこと、②絶対音感の習得は、幼少期の頃の母国語の習得と似ていること、この二つの論点に関して、私は実に納得できました。
 ここでは、その安生氏の知見を出発点として、私がさらにめぐらせた考察を、記録しておこうと思います。

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