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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

「作曲家-進化」のアナロジー 

Posted on 16:35:50

 
 『生命の音楽』という書物があります。これは、システムズバイオロジーの研究者、デニス・ノーブルの著作です。
 この本の第8章のタイトルが、「作曲家-進化」でした。このタイトルを見て、読む前に私が想像したことと、その章の読後に考察したことを、書き記しておきます。
(デニス・ノーブル、倉智嘉久訳『生命の音楽―ゲノムを超えて―』新曜社、2009年)

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転調が暗示すること 

Posted on 10:05:30

 
 最近、私は、オーボエ・ソナタ<八ヶ岳南麓の秋>という曲を創作しました。
 その際、提示部と再現部の2つの主題に関して、調性関係において、古典派のソナタ形式のパターンを踏襲しました。
 その作曲の過程で、転調に関してめぐらした思考を、ここに記しておきます。

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「作曲についての目的」と「作曲の目的」 

Posted on 11:11:34

 
 作曲家の近藤譲さんが、「目的性のない行為としての音楽」という論考の中で、上記の2つの目的を区別して使い分けています(近藤譲『聴く人』アルテスパブリッシング、2013年、Ⅲ章、pp.101-103)
 「作曲についての目的」「作曲の目的」の使い分けを議論の梃子として、近藤氏はややアクロバティックな論理を展開し、「作曲とは目的のない行為」(p.109)であるという持論にたどり着きます。
 今回のブログでは、近藤氏のその論旨を追うことはせず、彼が用いた作曲行為に関する目的の概念区分を借用して、私自身の作曲に対する意識を振り返ってみたいと思います。

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古典派風の楽曲を創作する意味―自然な逸脱― 

Posted on 08:59:17

 
 最近、新録音版の演奏の公開を続けていますが、そのうち、<アシカのメヌエット><白鷺の舞>は、モーツァルトやハイドンを見倣って作曲した、古典派風の作品です。
 それら以外でも、古典派風の管弦楽曲を何曲か作っています。私はなぜ、懐古趣味のような、あるいは時代錯誤的な作品を作ってみたくなるのか、ここで自己分析してみます。

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「骨格のみの文」に、和声や伴奏をつける 

Posted on 06:59:40

 
 メールでの短い事務的な文章では、最低限の意味は伝わるものの、書き手の感情の動きや相手に対する距離感といった、細やかなニュアンスは伝わりにくいものです。
 その同じ文面を、肉声で現実に対面する相手に語りかけるなら、文字情報以外のさまざまな事柄も同時に伝達されるでしょう。喜んでいるのか、悲しんでいるのか、相手に対して心理的な救いを求めているのか、何かを期待しているのか、そういったことまでなんとなく感じ取れるものです。
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