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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

「熟成」という生き方 

Posted on 12:05:35

 
 「じっくり生きる」という言葉が、最近、私の頭の中に居座るようになりました。
 穏やかな生活、精神の平和につながる、私にとっての生き方の指針になりつつあります。

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テーマ - 生きること

ジャンル - 心と身体

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街を歩く人々の姿勢の変化 

Posted on 08:50:00

 
 10年から20年くらい前と比較すると、街の歩行者の中に、俯き加減、前かがみの姿勢で歩く人々が多くなってきたように、私には感じられます。
 このことは、私の職場の大学キャンパス内を歩く学生の姿勢についても、該当します。
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テーマ - 生きること

ジャンル - 心と身体

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修行とバカンスとの共通点 

Posted on 09:15:19

 
 仏道修行は、苦しみを伴います。一方、バカンスでの旅行は楽しいものです。この、苦楽、相反する両者の間に、意外なことに、いくつかの共通点があることに気づきました。そのことを、今回は書き記しておきます。

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テーマ - 人生を豊かに生きる

ジャンル - 心と身体

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仏教における宗派や見解への固執 

Posted on 09:18:58

 
 前回の<仏教学的知識の限界>続きです。
 前回は、仏教学的知識が、場合によっては有害な作用をなすこともある、という趣旨の話をしました。今回は、仏教界や仏教学研究者の中にも、自分たちの見解に対する依存心や執着がみられることがある、という内容を論じてみます。

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テーマ - 仏教・佛教

ジャンル - 学問・文化・芸術

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仏教学的知識の限界 

Posted on 09:02:42

 
 仏教を学ぶ、というのは、仏教的考え方や生き方を学び、自らの生き方を反省したり見直したりすることだと思います。
 私は研究者の性から、仏教思想に対する学術的研究にも関心を持ってきましたが、仏教教義に関する学問的知識は、場合によっては、仏教を学ぶ当初の目的に対しては有害な作用をなすことがある、と感じるようになりました。もちろん、知識には一定の役割と位置づけがある、と認めてのことですが。

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